だいぶ間が空いてしまいましたが、やはりこの連載は完成させなきゃならない
と思って、連載の執筆を再開します
(まぁただ、この1年の間に教育業界12年目になってしまいました)。

前回の記事はこちら

前回は「プロ教師」という言葉の曖昧さについて述べました

前回の記事では「プロ教師」という言葉が曖昧で、実体がなく、
それにより、本来は両立されることのない「全員がプロ教師」「マンツーマン個別指導」
という2つの形態があたかも両立されているように「見える」んだという話をしました。
そしてこれにより、ご家庭が塾にどんどん問い合わせを入れてしまうんだという話もしました。

ほころび

この「からくり」により、塾側の内部事情と、ご家庭からの塾に対する認識に
大きな「ズレ」が生じてしまうことがわかるでしょう。

  • 塾の内部は、特に実力も経験もない「インスタントプロ教師」ばかり
  • ご家庭は「プロの先生ならしっかりとした指導をしてくれるはず」と思っている

ちなみに、「大量のインスタントプロ教師」をどこから連れてくるんだ?
という疑問が生じるであろうところですが、基本的にこれは近くの大学です。
大学生にとって、個別指導塾というのは、

  • 時給が高い

という、かなり魅力的なアルバイトですから、
続々と大学生の「インスタントプロ教師」が量産されます。

そしてこの「決定的な認識の差」により、いろいろなほころびが生じます。
そのなかの特に大きなものに先生の「あたり」「はずれ」という問題があります。

先生の「あたりはずれ」

いくら偏差値の高い大学からアルバイトを連れてこようが、
それが「教育の質」「授業のクオリティ」に直結するかというと、正直疑問です。

実際に、大学生のアルバイト講師のはじめての授業というのを
僕は何度も何度も見てきていますが、まぁ正直、授業としての体裁をなしていないことすら
多々あって、「授業が成り立って」さえいればまず及第点

「この先生の授業はいいな」と感じるのって、ほとんど皆無に等しかったりします。

しかも、大学生アルバイト講師は塾に定着をしません
そりゃそうですよね。大学は4年間しかありませんし、大学院まで入れても合計6年。
(ドクター迷いましたがとりあえず入れませんでした。)
その全てを個別指導アルバイトをしながら過ごす学生さんはほとんどいませんから、
まぁ、せいぜい続いたとして1年か、1年半。長くて2年くらいではないでしょうか。

これによって起こることというのは、
「経験を積んで授業のクオリティが上がり始めたくらいの
タイミングで大学生講師は塾からいなくなる」

という、まぁ当たり前といえば当たり前の結末です。
すると、常に個別指導塾には「指導経験の浅いアルバイト」ばかりが在籍しているみたいな
状況ができやすいんですよ。そして、その中にごく少数、以下のような
「あたりの先生」が交じるという状態になります。

  • 教育に対する熱意があり、長期間頑張ってくれる学生講師
  • 教育経験が既に長い社会人等の先生

この比率は、僕の今までの経験からくる感覚的な数値でしかありませんが、
大体「10:1」くらいではないかな、と思います(もっと当たりの比率が低いかも)。

そしてこの講師のアサインは、当然塾側の裁量で(ある程度の考慮はあれど)
ほぼランダムに行われます。これはいわば
「勝てる確率が1/10よりも低いギャンブル」をやるのと同じです。

これって、リスキーですよね?
考えてみればすごくリスキーじゃないですか。
個別指導塾に「お子さん」を投げ入れるというのは、そういうことなんです。

「いい先生にしてください」なんて言ってもそれは無駄です。
だって、本当に優秀で良い先生に全学生を任せることは原理的に不可能なんですから。
「いい先生ですよ」って言ってハズレの先生割り当てられてオシマイ。
こんな例は枚挙に暇がありません。

ということで、本日はこのへんで。次回の連載では、
「熱心な先生から順に駆逐されてしまう、教育現場の根本構造」についてお話します。

【連載3に続く】