グループディスカッション型アクティブラーニングは、
あくまで事前に大量のインプットがないとそもそも成立するわけがないと思うんだけど、
インプットなしでプリント配ってハイやってね、
教科書の問題といてね、わかんないことは自分で調べてね、
というケースがあまりにも多くてなんだかなぁと思う。

アクティブラーニングという言葉が先生の手抜きの口実にばっか使われてるうちは、
アクティブラーニングは従来型教育に勝てないよね。
少なくとも自分の周りでは、アクティブラーニング成功例よりも
アクティブラーニング失敗例の方が明確に多く目に入る。

アクティブラーニングは、いってみれば、
そういう完全放置型の授業が今までだと従来の授業の型と違うから許されなかったのが、
「これはアクティブラーニングなんだ!学生の主体性はこうしないと育たない!
手抜きなんかじゃない!」と、言えるようにしてしまった側面があるんだよね。

そういう先生たちはきっと、これは手抜きなんかじゃないんだって言い続けるんだろうけど、
(まぁ自分は教育の真似事みたいなことしかしてない人間ではありますが…)
僕の経験から言えば、明確な手抜きだと思いますよ。
いや、少なくとも学生から見れば間違いなくそう見える。
だって俺、疲れて手を抜きたいときプリント配ってやってねーってやることあるもん。
喋らなくていいのはやっぱ楽だし、なんとなく自主性を育ててる感を出せるし。
質問なんでもしてねーって言っときゃマネジメントしてる感出るし。
プリント終わったら教科書の問やってねーとか言っちゃったりなんかして。

何が言いたいかというと、僕はとりあえず従来型授業を
とりあえずいろんな形でやり続けようと思っていますということです_(:3 」∠)_