<広島・中3自殺>別生徒の万引き誤記録 学校側、推薦拒否
毎日新聞 3月8日(火)20時52分配信

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160308-00000100-mai-soci

胸糞わるいニュースが飛び込んできた.
こういうことが日常的に各地で起きているっていう訳ではないが,
進路指導に関する学校や塾のお粗末な事案というのは,
この職業に就いていると幾度と無く目に入ってくる.

まずもってこの事件について思うこと

まぁ,これに関しては,情報管理の不足があまりにも悪い形で
表に出てしまったということだろう.
男子生徒の普段の素行やら,性格やらから判断して
やっぱり担任が適切な調査をしなきゃいけなかったよね.

男子生徒が明確に「否定」をしたのか,「否定」をしなかったのかは
今となっては闇の中だけど,死人に口なしなわけで,
「明確な否定は無かった」とか適当な嘘はいくらでもつける.
(勿論,嘘じゃないのかもしれないけど)
この辺の事実関係が,まずは一刻も早く明らかになってほしいなぁと思う.
学校が出来ることはそれを明らかにした上での謝罪と再発防止しかないだろう.

そもそも,学校には大量の教師がいたはずなんだけど,
何でこのミスには誰一人として気付けないんだろうね.
ていうか,気付いてたけど有耶無耶にしようとしたのかもしらんよね.
こんな風に,疑いはいくらでも頭のなかで出てくる.

で,僕が腹立つのが,

推薦基準は校長の判断で昨年11月に改定され、非行行為の勘案対象はそれまでの3年時のみから1年生以降となった。だが男子生徒の自殺後、基準を緩和した。

という一文なんだよなぁ.「学校側の対応」というアピールの一環なんだろうけど,
この男子生徒が自殺したその瞬間から,
「1年,2年次の非行行為」という罪は軽くなったってことなの?
物事の本質とかって見えないのかな?馬鹿なんじゃないの?

「教育者」

ここからは,ちょっとニュースの話とは逸れるかもしれないのだけど,
つまるところ,「教育者というのは,意外と無能かもしれないよ」ということを
ちょっとまとめてみたいと思うのです.あくまで僕の私見です.

例えば学校の先生だったり,塾の先生だったり,
「教育者」という人たちが世の中にはたくさんたくさんいるわけだけど,
僕は基本的にこの「教育者」という人たちが言っていることは,
半分くらい疑いながら聞くべきだと思っています.

彼らは「プロ」ではないという前提のほうがいい

まず,学校の先生にしても塾の先生にしても,

  • 学問のプロではない (学問のプロは,その学問の「専門家」)
  • 教えるプロではない(「教え上手」は,先生でなくてもそこら中にいるし,全く持って授業を上手く出来ない「先生」もいる)
  • 進路指導のプロではない(「受験」や「学校」についての知識が薄い先生はたくさんいる.特に,塾の大学生講師なんかはこの辺に詳しいほうが珍しい)

という前提で付き合わなければならないと,僕は思っています.
(もちろん,中には「本当にこれらのプロ」であるスゴイ方もいます.
僕が言いたいのは,「そうじゃない教育者が,一定数で存在します」ということです.)

「教育者」というのは,どちらかというとプロフェッショナルというよりも
ゼネラリストとしてのスキルを要求されるものです.
つまるところ,「全部70点くらい」のスキルを持つべきとされる職業だということ.

しかしながら,その「全部70点くらい」のスキルを到底持ち合わせていない
「教育者」というのは,じつはそこら中にたくさんいます.

特に,「個別指導塾」だったり「家庭教師」だったりの
「マンツーマン指導」がトレンドのこのご時世,「先生」がとにかく大量に必要
となったときに,必然的に「全部70点に到達している先生がそんなに大量に存在するわけがない」
という当たり前の問題にぶち当たるわけです.
そうすると,能力の低い先生が「あたかも教育のプロとして」現場に投入されるであろうことは
考えてみれば明らかです.「教育者」とは,ここまで考えた上で接しなければなりません.

しかしながら,「教育者」は「全部100点扱い」される

しかしです.「教育者」というのは,「全部100点で当たり前」扱いを
よくされるものなのです.
「先生だから教え上手で当たり前」とか「先生だから進路指導のプロで当たり前」とか
「先生が言っていることなんだから間違いない」とかね.
こういうこと言われてしまうんですよ.

で,「当たり前ですよね?」に負けて,教育者というのは「YES」と言ってしまいがちなのです.
大して分かっていなくても,「教育者の威厳」を守るために
「自信満々のフリをしてしまう」教育者というのは多いんです.
本当は「わからないことにはわからないという」教育者であるべきなのだけど.

だから,僕は「本当に能力が高い教育者」が現場に投入されて行く
教育現場であってほしいなと思うんだけど,システム的にそうも行かないんだよな.
動画授業とかでこの辺りがドラスティックに変わればそれは凄く良いんだけど,
依然として,利権を守りたい保守派も多く,まだまだ時間がかかりそう.

例えばスタディサプリとかスクーとかUdemyみたいなものを活用するのも良い.
N高等学校もとてもいいと思う.
あと,堀江貴文さんは「先生」の立ち位置がどうなって行くかということについて
興味深い話を以下のYoutube動画の中でしている.

それを踏まえた上での「教育者」との付き合い方

「学生」にとって「教育者」が「唯一の見本」となっていくことは
ある程度は仕方ないと思うのだけど,
「保護者」については,ある程度,教育者に対して「諦める」ことも必要なんだと思う.

もちろん「学生」もね.
「どうしてもお手本にできない人」を「無理してお手本にする」ことはないんだよ.
そのくらいが,多分「先生」との付き合いかたとしては丁度いい.
どうしても尊敬できないなら,尊敬しなけりゃいいです.
「先生の言ってることは聞くべき」なんて思考停止です.

なんだか,自分の職業を否定してるようだけどね.でも,これは率直な気持ちです.

教育現場

教育現場のレベルがもっときちんと上がって,かつ,
新しい仕組みでドラスティックに変わっていって欲しいなぁと思います.

やっぱり,あらゆる知識が明らかに足りない先生というのは多いと思うし,
「今の学校教育」がどれだけ「有意義」なのかって考えたときに,
僕はどうしてもクエスチョンマークが頭のなかに浮かんでしまう.
提示する選択肢だってあまりにも少ないしね.
だからサラリーマン養成所とか言われるんだよ.
あまりにもちょっと,教育現場のレベルって低すぎると思う.

ハイレベルな教育を確実に提供していく現場が
「固定観念に縛られず」にこれからじわじわと整備されていくことを望みます.