なんとも言えない気持ちになるニュースがまた飛び込んできた.
ASKAさんが,長文ブログを1/9に発表.すぐに削除されたが,
WEB上には文章が完全に残っている.僕もぜんぶ読ませてもらった.
覚せい剤の使用に至る経緯とか,音楽活動の陰で起こっていたさまざまなこと,
逮捕後のこととか,盗撮,盗聴のことなど,途轍もない量の文章だった.

これから書く文章は,「ファン目線の偏った意見」かもしれません

僕はASKAさんにシンガーソングライターとして,1人の男性として
ずっと前から憧れている「ASKAのファン」であり,
少なくとも世間の「ASKA叩きの風潮」に対して
少なからずの違和感を覚えている人間です.
なので,これからこのブログに書く文章は,ASKAファンによる少なからず偏った
主張を多々含むことになるかと思います.

ブログを読んで思ったこと

ブログの内容は,WEB上にすべて残っている.

■ ASKAのブログ(2016.01.09公開分/キャッシュ)
http://togetter.com/li/923645

ブログを読んで僕は最初に,ところどころに散りばめられる「散文詩」が目に入った.
あまりの文章の美しさに圧倒された.ASKAの「詩」はやっぱり芸術だった.

本の中で

森を見渡す空き地で
ひとりの子供が放り投げた長靴は
涸れた空へと吸い込まれた

僕たちは
もう僕たちではなく
褐色の知恵を振り絞った
昭和の息吹のように
ひとりの力で時代の幅を知ろうとしている

肩を怒らせて寂しがってもダメなんだ
寂しいときには寂しい景色に溶け込まなくてはならないんだ

七月の終焉を迎えようとしている今
間もなくやってくる残された八月の日差しの中を
四月の顔で潜り抜けたいと願う

土色の地球の上に築いた砦では
遠い宇宙の旅に出かけた
はやぶさの帰還を待つように
今日も口をつぐんでる

言いたいことは
真新しい朝の瞬間に生まれる

そしてそれは
カイコのようになって
僕のところにしかやって来ないフリーダムを食べるんだ

走りながら転んでしまった
ざらついた血が膝に滲んだ

僕は瞼の裏から透けて見える太陽に向かって
正直につまずきを伝えるんだ

この本の中で

そして,さまざまな事実が本人の(?)文章で語られているパートについては,
「これは,何が真実で何が真実でないのか,分からないな」
ということを思った.残念ながら,それ以上のことは言えないと思った.

ただ,この文章には「たくさんの本当のこと」が含まれているのだと思う.
そう思わざるをえないくらい,あまりに克明でリアルな記録だと感じた.

多分,出版しても良いと思ってASKAさんはこれを一気に書き上げたんだろう.
なんとなく気持ちは分からなくもない.
僕も(もちろんASKAさんと比べれば有名人でもなんでもないのだけれど),
辛いことや理不尽なことにぶち当たったとき,人生や真実を振り返った文章を
長々と衝動的に書き上げてしまうことがある.
そして,「これを発表して死ねばいいんだ」と思うことがある.
(あくまで僕はこうですという話で,ASKAさんの今回のブログがこれかどうかは分からないけど)

大衆の勝手な「ASKA叩き」の浅はかさ

そして,このブログの内容に対して,「一般大衆」が色々なことを言っている.
「薬が抜けていない」「統合失調症じゃないか」「ラリっているんじゃないか」
という「ASKA叩き」がものすごく目立つ.気分が悪くなった.

まず,「ヤク中」になったことのない人間が,文章を見て「ヤク中だ」
と断定していることについては,あまりにも説得力が無さ過ぎる.
(ヤク中になったことの人がそれを言うのなら,まだ説得力があるような気がする.)
こういことを言うひとは結局,有名人を叩いてストレス解消をしたいだけだ.
「統合失調症なんじゃないか」についても同じだ.

たぶんASKAさんの精神状態は,ずっと今まで極限状態だろう.
そういう「追い詰められている」人が言っていることに対し,
面白がって「どうせラリっているから」と短絡的に断定してしまうのは
きわめて浅はかであり,思慮が浅いことだ.

それをやられてしまったら,
真実だろうがなんだろうが何も言えなくなってしまう.

大衆が「ストレス解消」に,僕の大好きなミュージシャンを
馬鹿にしたような言葉を「匿名」をいいことに浴びせているのを見るのは,
すごく気分が悪くなる.
こういう人達は,自ら何かを生み出したり主張したりしたことがないが故に
「叩かれる」側に回ったことがない人たちなのだろう.

そもそも,ASKAさんの「盗撮ビデオ」があるんだという話が週刊文春で出たときには
「それは実在するのか」「実在するんじゃないか」
と,いかにも「実在」の論調で大騒ぎしていたくせに,
いざASKAさんが自分の言葉で「盗撮も盗聴もされていた」と語った途端に
「そんなわけないだろう,統合失調症の症状じゃないのか」
というのは,どう考えてもおかしいだろう.
その場その場で主張を変え続ける一般大衆の「浅はかさ」が浮き彫りだと思う

マスコミ

このブログでは,ASKAさんの「マスコミ」に対しての怒りを爆発させている.
確かに,文春の記事なんかを見れば「シャブ&ASKA」だの,
チャゲアスの楽曲の全く面白くもなんともない替え歌だの,
悪意に満ちた,あまりにも幼稚な「悪口」が散見された.

そして、間も無く記事が出た。「シャブ&ASKA」。上手いとも何とも思わない。品もセンスも無い低俗な表現だ。記事は悪意で埋められていた。間違いだらけなのだ。吉野本人が文春に記事を売ったのなら、ここまで間違いだらけの記事にはならない。「北海道時代の同級生」。いきなり冒頭から滑っている。吉野ではない誰かから文春はネタを買ったのだ。そう言えば、吉野は私が録音しておいた留守録の中で第三者の名前を出していた。(ASKAのブログより引用)

なので僕は,ASKAさんは確かに「あることないこと」書かれていたんだろうなとは思う.
有名な大物ミュージシャンが「転落」していく様を見て笑う人間はやはり一定数いるだろうし,
そういう層を煽っていくために,文春側も勿論
そういう内容にチューニングした文章を書くだろう.
「悪意」があれば,印象付けなんてどうとでもできる.

悪意さえあれば、記事などどうとでもなる。「そう見えた」「そう思った」ということを強調すれば良いのだ。記事の中で、よく「親しい関係者」や「捜査当局の関係者」「○○に近い音楽関係者」などが登場するが、まず作り事だと思って良い。そもそも、本当に親しければ当人を庇うし、今日こういう取材を受けたということを連絡してくる。(ASKAのブログより)

辛かっただろうなと思う.
僕は,面白がってマスコミが脚色しまくって伝わっていることが
沢山あると思っているし,それを加味した上でこの事件に向きあおうと思っている.
けど,中にはマスコミの悪意のある報道を
「そのまま」受け取ってしまったファンもいるはずで,本当に辛かったはずだ.

悪意を持って有名人を叩いてストレス解消をする人たちは,
本当に可哀想な人たちであり,同時に,救いようがない.

Be free

「覚せい剤報道」のあと,逮捕前にASKAさんは「Be free」という
デモ楽曲を,ファンクラブ会員にだけ発表したことがある.
この楽曲が,何だかASKAさんの心の叫びのようで,僕は聴いていて辛くなった.
むちゃくちゃいい曲なだけにね.

真夜中にふと目が覚めてしまう 苦しいことが顔を覗かす 
僕は知らないことばかりで 
自由になりなさい 楽になりなさい 
誰かに そんな風に言って貰いたい

ー Be free (ASKA)

自費出版だろうがなんだろうが

「いくら辛かろうが,覚せい剤はだめだ」とか,
「ミュージシャンで批判が多いのは言い訳にはならない」とか,
テレビのジャーナリストやインターネット上の人がしきりに言っているが,
「そんなことは誰でも言えることだ」と僕は思っている.

なにかを生み出し,それを発表し,
誰かに「見てもらって」生きる.いわば「クリエイティブ」に生きるということは
「同じ立場にならなければ1ミリたりとも分からない,途轍もない苦悩」
というものを孕んでいる.ましてや,ASKAさんほどの超大物ともなれば,
膨大過ぎる苦悩を,ひとり抱え込み続けなければならなかったはずであり,
それを「我々一般大衆が」想像することなど,多分できない.

ましてや,「クリエイティブ」に一歩足りとも足を踏みれ入れたことが無い大衆が
誰でも言えるような言葉で,ASKAに下らない「お説教」をしている.
「覚せい剤に手を出してしまった人を叩いておけば,世間から怒られない」からね.

でも,僕はASKAの音楽に心の底から虜になり,人生を変えられ,救われ続けた人間として,
誤解を招くであろう,叩かれるかもしれないであろうことを表明しておこうと思う.
僕はいつまでもASKAを待ち続けるし,音楽活動再開を心の底から楽しみにしている.
覚せい剤のことなど関係はない.僕は「彼の音楽の惚れた」んだから.
自費出版だろうがなんだろうが,作品を発表するんだという,
このブログでのASKAさんによる表明が実現されることを,僕は切に願っています.

あまりのもファン目線のバイアスがかかりすぎていて,
なんの説得力もない文章だと感じた人もいると思う.
そう感じられたのなら,それで構わない.
しかしながら,僕の率直な気持ちをそのまま文章に
落としこんだものであることは間違いありません.