なんだか,本当に悲しく,やるせなくなったニュースだ.
結局のところ,教育現場もよくわからない常識とか固定観念,先入観ってものに
がっちりと縛られていて,それに疑問を持っている人がとにかく少ない.
何なんだろうか.同じ教育の人間(公教育と民間教育の差はあるが)として,とても切ない.

このニュースの内容

簡単にいうとこのニュースは

  • 群馬県太田市の公立中学校で、いじめを理由に不登校になっていた1年の女子生徒(12)が、
  • 学校に促され11月に登校した際、再びいじめに遭い、
  • 現在不登校になっている
  • 学校は1学期に保護者から相談を受けたが、生徒同士のトラブルと捉え、被害を受け、たびたび休む生徒に「頑張って学校へ来よう」と声をかけた。

という内容.相当,辛かったと思う.気の毒としか言いようがない.
少なくともこの子に言えるのは,もうこの学校に行く必要はないってことだと思う.

「学校にこよう」と,生徒に先生やオトナが言ってしまうのはなぜなのか

そもそも,なぜ先生は「頑張って学校に来よう」なんて言ってしまうのか.
この生徒さんにとっては,それは「いじめられにいらっしゃい」と同義にしか聴こえなかったはず.
それでも自分自身の気持ちを押し殺して,結果としてまた同じ目にあってしまった.

こんな展開,先生だってちょっと考えればすぐに想像できるはず.
でも,先生が「学校に来よう」と言ってしまう理由は簡単だ.
「みんな学校にきているから」.これに尽きると思う.

「マイノリティ」は「めんどくさい」

本当に本当に,多様な生徒さんがいる.
ほぼ無作為に30人〜40人が放り込まれるクラスの中には必ず,
マジョリティとマイノリティが生まれる.

公教育は,「個性を重視する教育を」「多様性を認める教育を」とかずっと言っているんだけど,
実際の現場をのぞき見てみると,全くもってそんなことは実現できていない.
日本には未だに「みんなと同じく」「みんな仲良く」の教育観が平気で跋扈している.
しかし,それはステレオタイプを量産する工場として学校を機能させてしまっているだけだ.

多様な価値観を,ただスローガンを掲げるだけではなくて,
もっと命がけで,本気で認めていかなきゃならない.
そのためには,今の教育システムをやはり根本的に変えなければいけない.
結局ね,古すぎるんだよ.なにもかも.

「みんなと同じ」は正義!?

例を出す.本を読むのが大好きで,ずっと休み時間に教室で本を読んでいると,

「外に出て遊びなさい!」

と先生に言われて,ものすごく悪い気分がした,という教え子さんがいた.
どうして先生は,この生徒さんに「外遊びをしろ」と言ったのだろう?
答えは簡単だ.「みんなが外遊びをしているから」だ.

もう少し掘り下げて考えてみると,

  • 「子どもは元気に外遊びをするべきだ」という,「子ども像」があって
  • 先生たちは,そういうのを押し付ける教育をして,
  • でも生徒の中には,その「子ども像」に当てはまらない子もそりゃあいて,
  • そういう子を「子ども像」に当てはまる子に変えようとするから,
  • 「外遊びをしなさい」と子どもに言ってしまう.

この話は,すごく本質的に大切なことを秘めていると思う.

「なぜ学校に行かなきゃいけないの?」
「それは,みんなが学校に行っているからだよ」.

という考え方が,ここから自ずと透けて見えてくるからだ.

僕がすごく思っていること

冒頭のニュースの女子生徒さんに話を戻して…

結局,この子も「みんな学校に来ているんだからあなたも来るべきだ」
という,大人が「めんどくさくない」ための主張を
押し付けられてしまっただけなんだと思うんですよ.

正直,この子は,そんな学校にはもう行かなかったら良いんだと思うんです.
ここで必死になって歯を食いしばって耐える必要なんてない.
だってさ,この子,一歩間違ったら自殺してたかもしんないよ?

「義務教育だから,学校には行かなきゃならない!」なんて声が聴こえてきそうだけど,
だったら引っ越せばいいじゃないですか.転校すればいいじゃないですか.
そのくらい本気で向き合わなきゃいけない問題だよこれは.
そして,そういった選択肢を親も先生も,提示してあげなきゃいけなかったよ.
親も先生もね,「お前が死ぬなら俺も死ぬ」くらいのこと言わなきゃいけないじゃんか.

結局,この子の周囲の大人たちは,多分この子から一切信用されていなかったんだよ.
「ああ,結局本気じゃないんだな.私が我慢するのがこの人達にとって一番好都合なんだな」
って,きっと思われていたよ.当たり前だよ.俺でもそう思うよきっと.

そりゃあ,この子が歯を食いしばって学校にきて,耐えて,
なんとか卒業をしてくれたら,先生は「めんどくさくない」んだと思う.
要するに,「みんなと同じ子」という仮面をかぶっていてくれれば,
マニュアルに書いてある教育をできたことになるからね.
でも,非常にお粗末だ.あまりにもお粗末すぎる.書いていて腹が立ってくる.

ちなみに,フリースクールや塾を義務教育として認めましょうという動きが
ようやく出てきています.今までなされていなかったことがそもそもおかしすぎると思うけども.

「学校に行きましょう!」「みんなと仲良くしましょう!」なんて
誰だって言えるんですよ.そして,それをいっておけば,先生は誰からも怒られないんですよ.
今の教育の構造って残念ながらそうなっていると思う.学校にきて,みんなと仲良くして,
テストの点数を取るために勉強をして,受験をして,みんなと同じように進学をして…

これでいいって思える生徒ならいいけれど,
たくさんの子どもたちの中に,そうでない生徒が存在するのは当たり前の話で,
その子たちを「マジョリティに矯正しようとする」のが,今の教育な気がしています.

でも,自分なりの信念を持って,自分の道を突き進んで,
その結果「たまたま周りと少し違う」立ち振舞をしている生徒には
それこそマンツーマンの教育を,親と先生が,本気になってやらなきゃいけないと思う.

もっというと,公教育なんて変わるのにはものすごい時間がかかるんだから,
今こそやっぱり民間教育業が立ち上がらなきゃいけないのかもしれない.
あと,N高等学校なんかも,多様な生徒の大きな受け皿になっていきそうだよね.

だって,そんな「右に習え教育」で,せっかくの才能が潰れるのなんて悲しすぎるじゃんか.

話がそれた気がするけど

なんというか,今回の群馬県の女子生徒さんは,
お願いだから,周りの大人の都合に翻弄されずに今後の人生を歩んでほしいなと思う.
そのために,やっぱり教育というのは変わっていかなきゃいけないし,
もっと本気でこういう問題に立ち向かっていかなきゃいけない.

俺も,つまらんこと言ってしまわないように,気をつけなきゃなー.