カドカワが,ニコ生のプラットフォームを使った「ネット高校」である
「N高等学校」を立ち上げることを発表.
今までにいくつもあった,「ネット教育プラットフォーム」の中では
最も規模が大きいというか,本格的なものになるんじゃないかと思う.

「ネット教育」というアイデア

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僕はこの「N高等学校」のことがすごく気になっている.

というのもです.僕は今民間教育業で食べさせてもらっているから,
当然,教育のことには興味があるというのと,加えてネットも大好きだというのが理由です.
まぁ,単純ですよね.教育とネットが好きだから,教育とネットの融合には興味があるんです.

小学生がスマホでYoutube見ちゃう時代

こうしてスマートフォンやらタブレットやらPCやらというデバイスが
いまやあらゆる学生の手に渡っている.小学生ですらYoutubeを見て時間を潰している.
となれば,「ネット教育」というアイデアは,そりゃ当たり前のように出てくるわけです.

例えば最近は,トライがTry itという映像授業プラットフォームをローンチしたり,
Schoo(スクー)という,
「生放送授業」プラットフォームがじわじわと流行っていたり,
確実に「ネット教育」というものにかなりの人が注目していて,実際にコンテンツとして機能してきてる.
僕もこの流れにはかなり強い興味を持っているので,こんな中で出てきた
「ネット高校 N高等学校」は,ちょっと衝撃だったのです.

親という存在

僕は結構,この「ネット高校」に興味を持つ子どもって多いと思う.
自発的に好きなことをやりながら,高卒の単位認定も受けられるというのは
非常に素晴らしく革新的な仕組みだと思うし,どんどん使ってみるべきだろう.

しかしながら,多分子どもがこの「N高」に入学するための最大の壁は
「親」なんじゃないかなというのが,まず最初に自分が思ったことだ.

多分,子どもがこの「N高」のことを何かしらの方法で知って興味を持ったとして,
親にその入学許可を得ようとした段階で,大部分は却下だろう.
そりゃそうだ.今の時代の親くらいの世代というのは,「インターネット」というものを
未だに「得体のしれない危ないもの」という認識で捉えていることがすごく多い.

「お母さん,このインターネット高校っていうのに行きたい!」

といったところで,多分,大部分の家庭ではこれが却下されるんだと思う.
そんな中で,この「N高」に飛び込んで学ぶことが許された一部の学生が
どうやって育って行くのか.そこは要注目だなーって感じがしている.

ネット教育の問題点は「強制力」

以前,なにかのテレビ番組で,IoTの一環として,
ベッドやら鏡やらがインターネットに接続されて,ご年配の方の健康状態を
遠隔でモニタリングできる仕組みというのが開発されていて,
孤独死の防止に繋がったりするのではないだろうか,という論調に対して,
堀江貴文さんが

そもそも,こういうものを使おうとする人たちっていうのは意識が最初から高くて,
「本当にこのような仕組みを活用したほうがいい」層とは異なる.
そして,本当にこういうものを必要とする人たちというのは,
自発的に利用しようとは絶対にしない

と仰っていた.

ネット教育は,これと似ているのではないかと僕は考えている.

簡単にいえば,リアル高校が「少なくとも通学と受講に関しては強制される」のに対して,
ネット高校は「サボろうと思えばいくらでもサボれる」という話.
ネット教育がこれを打ち破っていくことはかなり難しいんじゃないかと思っている.
(まぁ,一番最初に思いつくのは「レポートやら課題やら」か.)
まぁだから,こういう子たちっていうのは,定時性なり,学校行かないなりすればいい.

つまるところの,この「N高等学校」は

  • 自発的に学ぶ意欲があり
  • 変化する時代の流れに柔軟に対応できる思考を持ち
  • それを許可する家族がいる

という,かなり限られた層が入学する高校になるんだと思う.

しかしながら,これは逆に「こういう稀有な人材が集まる場所」として
N高等学校が機能していく可能性も示唆している.

例えばN高等学校が今後5年,6年と続いていったときに,
N高等学校の卒業生が大活躍するようなこととなれば,
N高等学校の評判が徐々に上がって,親の理解も簡単に得られるようになって行くかもしれない.
ひとたびそうなってしまえば,この「N高等学校」は,ネット教育プラットフォームとしては
完全なる大成功を収めることになるんだろう.僕はめちゃくちゃ期待している.

そもそも学歴が関係なくなる社会

ところで,堀江貴文さんがNewsPicksでこんなことをいっていた.

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「まあ、私は高校そのものがもう必要ないと思ってるけど過渡的な段階としてあってもいいとは思う」

そもそも「高校そのものがもう必要ない」社会とは一体なにか.
自分の考えとしては,以下のとおり.

まず,一昔前は,学校教育を「義務教育」やら「高校や大学に通う」という方法でしか
我々は生きていくための最低限の教養を得ることが出来なかったわけだけれども,
今は違うということを,多分堀江さんは言いたいんだと思う.

インターネットの発達によって,好きなときに好きな情報を手に入れられるようになり,
例えばフリーの学習教材なんて,誰かが作ってくれたものがいくらでも転がっているような時代となった.
そこに,更に「教育」に特化したプラットフォームが,ここにきてたくさん出てきたでしょうと.
もう,それらをつかって学べば,学校なんて行く必要ないんじゃないの
ということだろう.僕もそのとおりだと思う.
「学歴はないけど能力は高い」人たちが,これからきっと増えてくる.

今,僕の頭のなかにあるもの

今現在,僕は人に「何かを教える」ということで生活ができている.
そのためには当然いろんな知識や経験が必要なわけだけど,
僕の頭のなかの知識やら経験というのは,ほとんどが自習や,自発的な行動によって得られたものだ.

自分は,学校の授業できいただけのことは,ほとんど覚えていない.
しかし,自分で本を買い,努力して読んで学んだことは完全に血肉になっている.

たとえば高専時代にプログラミングを5年間を通じて学んだのだけど,
正直,頭にきちっと定着したことなんてほぼなかった.
課題に追いかけられながら,その場その場で「何で動いているのかわからないプログラムを提出」して満足し,
理解も全くしていない状態で内容だけは進んでいくというシステムがどうにも嫌いだったからだ.

今となってはプログラミングは面白いと思っているけど,
これは,大学に入ってから自主的に勉強をしたからだ.
そこで僕ははじめてプログラミングの面白さに気付いて,人に教えられるようになった.

結局,こんなもんなんだと思う.
人間,興味を持って自発的に学んだことじゃなきゃ覚えていることなんて出来ないし,
だとしたら,学校教育が持っている意味って一体なんなんだよって話になるのは
ある意味で必然な気がしている.

「ネット高校」は「自発的に動かないと何も得られない」プラットフォームだと思うけれど,
ある意味,エリートの養成なんてのは,こういう方法が一番効率的に出来るんじゃないか.
結局,伸びるやつは勝手に伸びる.落ちるやつは勝手に落ちるわけだから,
それなら,「伸びるやつが自由に伸びていける環境」
を与えてやろうぜという発想は.すごく良いと思う.

そして,「そこに学歴というものは実は本質的に関係ないですよね」ってことなんだろう.

新しい教育の形

「教育」という,不自然なまでに「形」が決まっていたテーマが,
こうして変わって行こうとしていることは,ものすごく興味深いことだ.

以前みた記事で


というのがあったけど,もっともっと変わって良い.
今までがとにかく不自然なほどに,日本の教育は一律性が強すぎた.
個々人が,自分にあった教育スタイルを選び,のびのびと全力で成長して行ける…
…と,いうのが,僕は一番いいと思うんだなぁ.

「N高等学校」が巻き起こす教育イノベーションに,超期待です.
(それにしても,文化祭がニコニコ超会議とは…うらやま.)

■ N高等学校
http://ed.kadokawadwango.co.jp/